2019年4月3日水曜日

失われた声を求めて






「風邪? 声が変だよ」




若かりし頃、よくからかわれては
シュンとしていた苦い記憶がある



大人になり長い夜、楽しく語らう時間



声高らかに歌を歌い続けると
私の喉はすぐにゴリッと赤く腫れた



荒ぶった扁桃腺は熱を帯び
日付が変わる頃には声が裏返っていた


喉の痛みで黙りこくっているので



すこぶる機嫌が悪いように見え
借りて来た猫のように
扱われるのがネタとなった


その居心地の悪さと喉の痛みに耐えかねて



もう大きな声は出さないと決めた



そうして、声は静かに音程を変えず
ゆるりとを発するようになり
あの頃の自分の声って



本当はどうだったのかしらと思う


言葉が伝わるならば
生きていくには支障もない。
自分の声に知らぬ顔で過ごし



綴る方が好きなのは、これが理由




伝えたいことは、文字で出すべし
トラウマはクルッと方向転換した


恐怖の「声の哲学」が始まり
人の声を意識し耳を澄ませると



声が、エネルギーをこんなにも左右するのかと




愕然となり息が止まりそうなくらい
事の重大さに気がつき卒倒しそうだった





残酷なまでに声は
その人を、全てを表す。


コンサルティングで毎週ごと
迷子になった自分の声を手繰り寄せてみるが



心と声はいつまでも寄り添えず
海に漂うクラゲの様に
掴みどころがないまま4月を迎えた



でも「声の哲学」では扁桃腺が腫れない



私の声は、そんなに変ではなかった
もうネタにはならないとホッしている



そう気が付き
これを書きながら、今やっと



自分の声を受け入れようと決めた


コツコツのコツコツを重ね
意識を感じようになれば
声のエネルギーが変わ



声を創りだせると信じている




美しい声・話し方が欲しい
心からそう欲している



さあ、沖に泳ぎ出そう

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